イギリス海兵隊の日々 ~CCFのあれこれ~

CCF

海兵隊の日々 ~始まり~ 前回の記事

CCFという、英国私立学校における軍事教育から敵前逃亡することに失敗した私は、嫌々ながら軍務に服することになった。

しかも、なるべくラクをするために海軍に志願したつもりが、こともあろうに最も過酷な海兵隊に志願してしまった私を待っていたのは、想像以上にキツい訓練の日々であった。

しかし、CCFというのも悪いことばかりではなかった。

まず第一に、日本にいたらまず間違いなく経験できないことを経験できる。

コスプレとかでなく本物の軍服を着られるし、これまた本物のライフルで実弾をブッ放すことができる。これは良い土産話になるだろうし、死ぬ時に走馬灯のように蘇る人生の名シーンにも優先的に加えることができるだろう。

あと、軍服姿の女子が見られる。

例えば「軍服萌え」というジャンルがあるのかは知らないが、そういう性癖の無い男子諸君であっても、中高生の金髪美少女が軍服に身を包んで敬礼する姿を想像すれば、何かしら目覚めるものがあるだろう。

私も母校での生活が2年目に突入した中学3年生あたりから、とあるイギリス人女子が気になり始めたのだが、彼女が迷彩服に身を包んでベレー帽を被った姿を見るのが、密かな楽しみになっていた。

※画像はイメージです、念のため

 

我が母校では、毎週金曜日の午後がCCF=軍事訓練の時間にあてられていた。

…とはいえ、軍隊といっても本物じゃないし、いうなれば生徒向けの兵隊さんごっこ遊び、サバゲーみたいなものだろうと高をくくっていた私の予想は、早々に打ち砕かれた。

支給される装備品は、イギリス軍が実際に戦場で使用する正規品。訓練で使用するライフルももちろん本物、実弾を装填すれば当然、弾が撃てる。

つまり、ソフトが学校の生徒であるというだけで、ハードは正真正銘、本物の軍そのものである。

しかも、毎週イギリス軍から本物の現役軍人さんが派遣され、まさに本場の訓練が提供される。鬼軍曹殿が毎週学校にやってくるのである。

本物の軍人さんは、ハッキリ言って迫力が違う。そこにいるだけで、場の空気が一気にピーンと張り詰める感覚である。年頃の少年少女たちであるから、時にはふざけたりもしたくなるが、本物の軍人さんの前では、そういう気すら起こさせない圧倒的な威圧感があった。

訓練の内容は非常に多岐にわたっていて、

  • 行進の仕方
  • 武器の扱い方
  • 号令のかけ方
  • 陣形の組み方
  • 野戦の戦い方
  • 市街戦の戦い方
  • 図上訓練
  • 奇襲作戦
  • 負傷兵の救護

…等々、習ったことを引っ提げて戦場に赴けば、一応まともに兵士として戦争ができると思わされるものばかりであった。

それらの基本的な共通事項に加えて、陸・海・空軍、海兵隊それぞれに固有の作戦行動に関する専門知識も学んでいく。

 

海兵隊に入隊した私が最初に取り組まされたのは、武器の扱い方、具体的にはライフルの扱い方を徹底的に覚えることだった。

武器を扱うことは軍人として最も基本的かつ重要なスキルであり、同時に、扱い方を間違えれば非常に危険な代物でもあるので、基本的な動作を身体が覚えるまで徹底的に叩き込む必要性は重々理解できる。

ライフルは実物を持ってみれば分かるが、想像以上に重い。銃火器全般に言えることだろうが、火薬の爆発によって生み出される強大な力で弾丸に推進力を持たせるという特性上、その爆発に長時間・連続的に耐えうる剛性が必要になるため、必然的に重くなるのは致し方ない。

ライフル本体ですら重いのに、銃弾を込めた弾倉を装着すると、腕がしびれるくらい重くなる。しかも、ライフルだけ持っていればよいというわけではなく、本格的な訓練ともなればあらゆる装備品や燃料・食料などのぎっしり詰まった背嚢を背負い、ポケットに予備の弾倉がいくつも入っている状態で長時間歩き続けねばならない。

まさに究極のマゾである。

こんなマゾ行為が育ち盛りの生徒たちの発育にとって良い影響を及ぼすはずがない。

そういえば、他の部隊とはケタ違いに過酷な訓練をこなす海兵隊には、その年代のイギリス人にしては小柄な男子が多かった気がする。身長と引き換えに、服を脱げばミケランジェロの「ダビデ像」だったが。

ちなみにかつて海兵隊員であった私は、大人になった今でも身長が日本人男性の平均を下回っている。これはひとえに海兵隊での厳しい訓練を耐え抜いた結果であり、秘かな誇りとしてよい勲章のようなものであると信じている。

…そうでも思わないと何となく悔しいからネ。

 

入隊して最初の頃、私は本隊から離され、ベテランの上級生が付きっきりでライフルの部品の名称や各パーツの役割、安全確認の手順などをみっちり教えてくれた。

その時に上級生が要点を書いてくれたノートが、今も手元に残っている。

上級生が書いてくれたノート。「覚えろ!!覚えろ!!」と書いてある

最初の頃、CCFの時は常にこのノートを胸ポケットにしまい、肌身離さず持ち歩いて暇さえあれば読み返していたのだが、ライフルの扱い方は訓練があるたびにうんざりするほど何度も確認させられるので、すぐに覚えてしまった。

海兵隊にいたのが遠い過去となった今でも、その当時と同じライフルを渡されたら、一通りの扱い方は思い出せると思う。

私たちが使用していた銃器は、L98型アサルトライフルというもので、イギリス正規軍が使用するL85型アサルトライフルの訓練用バージョンであった。ちなみに、バッキンガム宮殿なんかでよく見かけるお馴染みの赤服・黒帽の衛兵さんたちが持っているものと、ほぼ同形である。

L85ライフルを持った衛兵さんたち

訓練用のL98型は、引き金を引き続ければ連続射撃が可能になる自動機構が取り外されており、一発撃つごとに槓桿(こうかん)を引いて銃弾を装填しなければならなかった。ちなみに「槓桿」というのは別名コッキングレバーといって、ライフルを構えた兵士が射撃を始める前にガシャンと引く、あのレバーである。

いちいちレバーを引かなければならない、というのがなかなかのクセモノで、手入れの行き届いていないライフルはしょっちゅうレバーが途中で引っかかって動かなくなり、それ以上射撃できなくなった。私もそのせいで何とも恥ずかしい目に遭ったのだが、それはまた別の機会に書こうと思う。

 

さて、私は海兵隊に「入隊した」とさらっと書いたが、実をいうとこの段階では正式には入隊していない。陸海空軍については希望すれば無条件で入隊できるが、海兵隊だけは入隊のための試験があって、それに合格しないと入隊が認められないのである。

試験は3段階に分かれていて、

  1. 体力テスト
  2. 持久走
  3. 背嚢やライフルなどの装備を身に着けた状態での10km走

これらすべてに合格しないと入隊は認められない。体力的にも精神的にもかなり厳しい試験であったためか、私がいた当時は女子の海兵隊員はいなかった。

試験に合格して、晴れて正式に海兵隊に入隊を許されると、名誉ある海兵隊員の象徴である、紺色のベレー帽が授与される。この紺色のベレー帽を被っていると、はっきり言って学校の中でも一目置かれる存在になる。ついでに女子にモテる(多分)。

紺色のベレー帽→海兵隊→厳しい試験に通ったヤツ→スゴい/かっこいい

という認識をされるのである。

私は途中から、この紺色のベレー帽が欲しくてたまらなくなった。

私も当時はおバカな中学生の少年だったので、分かりやすい名誉欲に突き動かされたのである。ありていに言えば、すごいやつ、かっこいいやつと周囲から思われたかったのである。

よく考えてみると、海兵隊を設置している学校はイギリス全土で8校しかないわけだし、その8校に通っている日本人は恐らくそう多くはないだろうし(当時、我が母校に日本人は私と姉の2人しか在籍していなかった)、その中でさらに海兵隊の試験に受かる人はほとんどいないだろう。

ということは、もしかしてもしかすると、私が日本人で初めての英国海兵隊員になれるかもしれぬ。

ついでに、日本からやってきた凄いやつという評判が立ち、女子にモテモテになるかもしれぬ。

過酷な試練を耐え抜いて、最高の栄誉である海兵隊の一員となり、ついでにイギリス人の彼女がいるなんて言えたらかっこいいじゃないか。

見渡してみれば、学校内で海兵隊員の彼女いる率は確かに高かった。

根が単純なので、目の前に分かりやすい「ニンジン」がぶら下がると俄然、私は燃えた。

何とかラクをしようと逃げ回っていた迷える子ヒツジが、いつの間にか欲丸出しの変態オオカミに変貌していたのである。

その結果どうなったか、というのは、また別の機会に書こうと思う。

 

 

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